「もう自分、ダメかもしれないです」
あるとき、1on1で部下からこう言われた。
「もう自分ダメかもしれません。この業務を下りたいです。新庄さんはどういうふうにこういう辛さを乗り越えてきたんですか?このままだと僕ダメだと思います」
マネジャーをやっていれば、必ずこういう場面に直面する。
正直に答えると、自分の乗り越え方は「とにかくストレスをかけ続けて麻痺させる。そしていつかできると信じて動き続ける」というものだった。でも、その瞬間に気づいた。——それは再現性がない、と。
自分にできたのは、今まで積み上げてきた経験や感覚があったからだ。それを同じようにやれ、とは言えない。
折れそうな人材に本当に欠けていたもの
年上から年下まで、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーをマネジメントしてきた。その中で、折れそうな社員に共通して欠けているものに気づいた。
それは、自己効力感だ。
「自分だったら何とかできる」という感覚。これがない。
自己効力感というのは、ある程度の能力・武器・これまでの経験があるからこそ持てるものだ。それがない人たちにとっては、もちろん難しい。今まで経験してこなかった人たちにとっては、圧倒的に難しかった。
だから自分がやったのは、「業務を下ろすのではなく、補佐として入りながら自己効力感を高めていく」という方法だった。
自分のマネジメントを進めながら、一方ではスキルを伸ばしていく。「こういうふうに進めたらいいんだ」という感覚を掴んでもらえるようなマネジメントを始めた。
その核となったのが、3冊の本だ。
3冊の本という「武器」
1冊目:世界一やさしい問題解決の授業(渡辺健介)
この本を選んだ理由は、課題解決の思考法が体系的にまとまっていて、誰でも使えるように書かれているからだ。
MECEというフレームワーク、ロジックツリーというフレームワーク、そして「課題→原因→解決策→検証」という具体的なPDCAの流れが、さまざまな具体例を用いて解説されている。自分の業務に当てはめて考えやすいのが、この本の大きな特徴だ。
重要なのは、読書させることが目的ではなかったという点だ。
この本の使い方は「辞書」であり「物差し」だ。
まっすぐ線を引きたいと思ったとき、定規を取り出すように——仕事で詰まったとき、「このケースはどう考えればいいんだ?」と思ったとき、この本を開いてそのページを見れば、「こういうふうに考えればいい、次のステップはこれだ」とわかる。辞書でわからない言葉が出てきたときにそのページを開くのと同じ感覚だ。
そういうリファレンスとして、最も分かりやすい本として選書した。
思考の道具を手に入れると、それだけで「やりようがある」という感覚が生まれる。自己効力感の第一歩はここから始まった。
2冊目:コンサル1年目が学ぶこと
仕事ができる人の考え方と、仕事の基本的な進め方がすべて書かれている本だ。
たとえば、こういうことが書かれている。
- 結論から話す
- 直球で話す
- 数字というファクトで語る
- 相手のフォーマットに合わせる
- 相手のことをとにかく考える
- 期待値を超える
- 事実と意見を分ける
- 仮説思考を持つ
- 本質を見極める
- 自分の時給を意識する
- スピードと質を両立する
- 喋らない会議には出ない
超基礎的な話ではある。だが、これを本当にできている人は驚くほど少ない。そして、これができるようになれば、ある程度仕事ができる人間になれる。さらに、できることが増えていくにつれて、自信がついていく。自己効力感が育っていく。だからこそこの本を選んだ。
実際に読んでもらった結果、まず「働くとはどういうことか。価値を出すとはどういうことか」が腹落ちした。
それまで受け身だった動き方が、目的意識を持ち、「その目的に向けて何が必要なのか」を仮説思考で自分で考えながら動く自走型に変わっていった。
会議や議論の中でも積極的に発言するようになった。しかもその発言が、常に結論ファースト。事実と意見の切り分けがちゃんとできている。「仕事ができる人材」の姿が、少しずつ現れ始めた。
3冊目:USJを劇的に変えたたった一つの考え方
3冊の中で、最も効果があった本だ。
この本が与えたのは2つの思考法——戦略思考と消費者視点だ。
ビジネスというのは、「目的→目標→戦略→戦術」という流れで動く。目的を達成するために目標を置き、その目標を達成するためにどこに注力するかという戦略を立て、戦略が決まったら具体的に何をするかという戦術を考えていく。
この流れを、そもそも理解できていなかった。
社長とのコミュニケーションの中で、こういった話が頻繁に出てくる。だが、言葉は聞こえていても概念として理解できていない状態だと、会話の中身が入ってこない。まずは言葉を理解し、概念を理解するところから始まった。
この本を通じて、戦略思考の流れを掴んだ上で、普段の業務に落とし込めるようになっていった。
「この戦略は何か?」「何が最も重要なのか?」「どこに投資すべきなのか?」
そして特に大きかったのが、重心思考だ。具体的に一番注力しなければいけないところはどこなのか——それを見極める思考法を手に入れた。これによって、打ち手の質が一段上がった。
そしてその頂点にあるのが、消費者・顧客のことを考えるという視点だ。どんなビジネスパーソンであっても、相手のことを考えて動くことは絶対にやらなければいけない。この本は、戦略思考と顧客視点をセットでインストールしてくれる。
重心思考と戦略思考——この2つを部下に伝えられるようになったことが、この本が最も効果的だったと感じる最大の理由だ。
変化の全貌
最初の状態:「もうダメかもしれない」と1on1で打ち明ける。自己効力感ゼロ。業務を下りたいと言っていた人間だ。
3冊を経てどう変わったか。
思考面:目的ドリブンで仕事をしながら、戦略的に重心思考ができるようになった。これが圧倒的に違う。
行動面:今までだったら、会議で恐れおののいて発言できなかった。意見を求められても、ちゃんと自分の意見が言えなかった。それが、自分なりの課題意識を持ち、相手が誰であっても正直に物事を伝えることができるようになった。しかもその内容が、かなりクリティカルな情報として伝えられるレベルになっていた。
現在:営業組織の中で、独立遊軍的なポジションを任されている。一人で施策をバンバン回している。
これがS級人材への変化だ。
マネジャーへ
折れそうな部下を前にして、「自分の乗り越え方を教える」のは最もやってはいけないことだ。再現性がないからだ。
自分がストレスに耐えて麻痺することで乗り越えてきたとして、それを同じようにやれとは言えない。
やるべきは、その人が「自分にもできる」と感じられる体験を少しずつ積み上げること。そのための武器を渡すこと。
3冊の本は、その武器だった。
- 思考の辞書を持たせる
(世界一やさしい問題解決の授業) - 仕事の基礎を体得させる
(コンサル1年目が学ぶこと) - 戦略思考と顧客視点をインストールする
(USJを劇的に変えたたった一つの考え方)
自己効力感は、教えられるものではない。育つものだ。
武器を渡し、補佐として並走しながら、小さな成功体験を積み重ねる。それが、折れそうな社員をS級人材に変える唯一の道だと、自分は思っている。
